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映画に飲み込まれた迷い主

『バケモノの子』ネタバレなし感想 ”人間の強さ、人間らしさとは何か” 

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ネタバレなしで映画『バケモノの子』について自由に思ったことを書いています。ブログを始めたばかりなので文章の拙さは多めに見て下さいませ。

リリース情報

日本公開日:2015年7月11日

「バケモノの子」公式サイト

TSUTAYAレンタル開始日:

 あらすじ

人間界「渋谷」とバケモノ界「渋天街」は、交わることのない二つの世界。ある日、渋谷にいた少年が渋天街のバケモノ・熊徹に出会う。少年は強くなるために 渋天街で熊徹の弟子となり、熊徹は少年を九太と命名。ある日、成長して渋谷へ戻った九太は、高校生の楓から新しい世界や価値観を吸収し、生きるべき世界を 模索するように。そんな中、両世界を巻き込む事件が起こり……。

映画『バケモノの子』 - シネマトゥデイ参照

 

 映画感想

この作品、バケモノの世界と人間の世界を描いていますがそこまでこの二つの世界に大きな違いがありません。

バケモノは本当にもろ人間的です。
人間と大きく文化が違うというわけでもなく、食べてるものは人間と一緒だし(卵かけご飯とかパフェとか)、思考の仕方も人間と同じです。

だから、神隠し的展開で人間の子供である蓮(九太)はバケモノの世界に迷い込んでしまいますが、全体を通してバケモノの世界は特別に”異世界”であるという印象は受けませんでした。

なのでバケモノの世界の異世界さがどう描かれているか気になる人にとっては少し物足りなく感じるかもしれません。

しかしそこは少し異世界さを強調しても面白かったのになと思いつつも、そのおかげで作品のメッセージがブレることなく誰もがわかりやすいものになっていることは間違いなしです。

 

ではこの作品で何を描いているのかというと、一つは親のいない子供と親を知らないバケモノが本当の親子のようになれるのかということです。

バケモノという要素を除けば親のいない子供と親の知らない男が自分たちの足りない愛情を補いつつ成長していくという話と言えます。

たぶんここでバケモノという要素を入れたことで親子になれるかということに対して「血がつながっていない」という壁に加えて「異種対異種」という壁が追加され、よりその壁が高くなることで、「心を通わせれば本当の親子にだってなれるんだ!!」というメッセージ性を強めることができたと個人的に思います。

見た目は異なるけれども不器用で似た者同士の二人の二人三脚の成長描写にはグッとくるものがありました。

 

そしてもう一つは純粋に少年の成長物語を描いていると思いました。

少年は突然交通事故によって母親を亡くし、両親の離婚と共に離れ離れになっていた父親とも会うことができず一人ぼっちになってしまいました。

母親は何やらお堅い家系の出身らしく、蓮はその親戚に唯一の男の子の跡継ぎとして引き取られそうになります。

しかし母親が死んだというのに一向に現れることのない父親に対する怒りが爆発し一人で生きていくと決め、「大嫌いだ!」と渋谷の街に走りだします。

けれども9歳の男の子が一人で生きていくなんて困難で、どうすればいいのかわからず渋谷をただふらふらと歩くことしかできません。何も出来ない無力な自分。

そしてどうしてこんな目に合わないといけないんだという父親や大人たちに対する怒り。そう、当たり前ですが蓮は決して一人になりたいわけではなかったんです。

ただ単に「もうみんな大嫌いだ」という気持ちではなく

「強くなって一人で生きていきたい」という思いと、「一人でなんか生きたくない」という矛盾した気持ちが蓮の闇を作りあげてしまったのだと思います。

 

闇を抱えて一人うずくまる蓮は、たまたま、いや神様の悪戯と言った方がいいのかわかりませんが、モンスタータウン渋谷でバケモノに出会いバケモノの世界に迷いこみます。こういう神隠し系って結構好きです。

そうしてバケモノの”熊徹”に弟子になれ!と言われます。けれど、他人に対して敵対心出しまくりの蓮は「弟子になんかなってられるかよ!!」と言うことを聞きません。

けれども、熊徹とそのライバル猪王山(イケメンのイノシシ)の格闘試合を目にしたことで、強くなれるために熊徹の弟子になることを決意します。

蓮の願望の一つであるこの「強くなりたい」という願いは、熊徹との出会い、そして熊徹との修行によって叶えられていくのです。

 

しかし「強くなりたい」という気持ちしかなかったら単なるドラゴンボールです。

そうではなくて、蓮にはもう一つの強い願いがありました。

それは「一人で生きたくなんかない」という気持ちです。

前述しましたが、一人で生きていくために強くなりたいけれど別に好きで一人で生きたいわけではないのです。

詳しくはネタバレになるので書きませんが、「強くなる」という目に見てわかる成長ではなく、本質的に望んでいた「一人で生きたくない」という願望に”自分自身”で気づいていくなど、彼の中でその変どう心が変化していくのかというのがこの作品の主題であると思います。

そして、それが少年の間違いなく人間としての成長なのです。(バケモノも十分に人間的なんですけどね笑)

 

 

加えて他の若者のように、自分の将来を見据えて自立心が芽生えていくのも成長の要素として描かれていきます。

人間の少女との交流を通して描くことで、普通の中学生や高校生というこれから自立していくであろう子供たちがとても共感できるものになっているのではないでしょうか。進路で迷っている子供たちには良い刺激になると思います。

あと普通もう一つ、青少年の成長といえば恋愛が絡みますよね。でもサマーウォーズのように描かれることはありません。ただキュンキュンするシーンはあって、大人からしてみると「ああ、いいな高校生」と思うことは間違いなしです。

 

 

それで、もう一つの主題が人間が抱える闇についてです。

この作品の設定ではバケモノは闇を抱えることなく、人間しか闇を抱えることはありません。この点がバケモノと人間の大きな違いと言えるでしょう。

そして、これが人間らしさとして描かれているのです。人間とはどういう生き物かという問いを強調するためにこの異種対異種という設定が生かされています。

だから蓮にも人間の少女にも、それぞれ闇と呼べる悩みがあります。そして、少女が言うように、人間だれしも闇があるのです。

けれども、その闇自体が人間らしさではなくそれに打ち勝とうとすることこそが人間らしさであり人間の本当の強さであると描かれています。

そして打ち勝つためには、自分一人の強さだけではなくてそれこそ自分以外の存在が必要になってきます。

一人で生きていくのではなく、他人と一緒に生きていくことが人間の本当の強さを引き出してくれる。人間とはそういう生き物なんだと改めて気づかされました。

 

 

 

人間とはどういう生き物かということを描きながら、バケモノとの交流を通して他者との関わる意味、親子愛、成長、真の強さ、様々なメッセージをふんだんに盛り込み、

ダイナミックなアクションシーンや綺麗な映像描写で視覚的にも見ている人を楽しませる夏にぴったりのエネルギッシュな作品となっています。

主題歌であるミスターチルドレンの「Starting Over」も素晴らしく、きっとエンドロールまで胸に響くものになっていると思っています。

声優陣に関しても文句なしで良かったので(特に宮崎あおいと宮野守)安心していいと思います。

 

今までの細田作品とはまた違うメッセージ性の強い良作で楽しめました。

 

 

 

 

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