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映画に飲み込まれた迷い主

『恋人たち』感想”理不尽さの溢れたこの国に愛はあるか”

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映画『恋人たち』を見た感想をネタバレなしで書いています。『ぐるりのこと。』で有名な橋口監督の7年ぶりの長編映画ということで、多少の期待を膨らませながら観賞。こういう邦画が見たかったんだよという痛々しくなる人間ドラマと日常生活で繰り広げられるゆるい笑いの数々に大満足で劇場を後にすることが出来ました。これは間違いなく傑作です。

リリース情報

日本公開日:2015年11月14日

簡易感想

私的好き度:★★★★★

笑える:★★★☆☆

泣ける:★☆☆☆☆

怖い:☆☆☆☆☆

スカッとする:★☆☆☆☆

ドキドキする:☆☆☆☆☆

心があったまる:★☆☆☆☆

憂鬱になる:★☆☆☆☆

 

映画感想

痛々しくも笑いが起きる人間ドラマと今の日本の姿を描いた作品

例えば昨年の年末に『100円の恋』が、今年の2月に『さよなら歌舞伎町』が上映されましたが、同じように不器用な人間の日常を描いた邦画作品がこの『恋人たち』です。

そして例にあげた映画と比べたら、全く人間的に魅力的なキャラクターが出てこないところ、美人もイケメンも全くいないのがこの映画の特徴と言えば特徴で、それほどに今の日本の理不尽さに苦しみながらひたむきに生きるしかない人々を等身大に描いている作品と言えるでしょう。

 

はじめにスクリーンに映し出されるのは、ヒゲが生えて大柄な男。彼は何やら自分の妻との結婚について思ったことを語っている。しかし明らかに彼はその部屋に一人で、誰かと生活している雰囲気でもない・・・。

そんなシーンから始まるこの映画は妻を失い精神を病んだ男と、ケチな姑と退屈な夫と暮らしている主婦と、ゲイのエリート弁護士という3人の人間を主人公に、彼らを直接的に関連させながらそれぞれの日常を描いた作品となっています。

 

始めにも言いましたが、「全くなんなん!」と苛々さえするほどこの主人公たちを中心に人間的に嫌な人ばかりが登場します。

私の性格が悪いからかもしれないけど(←いやきっとそう)、なんで人の気持ちがわからないの?なんでこんな頭悪いの?もっと落ち着いてよ?・・・とね、苛々しまくりました笑

っで何でこんなに苛々したかというと、登場人物がとにかく不器用だからですよね。不器用で自分しか見られなくて、こういう人間にはなりたくないと彼らを見て思うのです。

こういう映画ってなかなかないと思っていて、特に痛々しい邦画(『100円の恋』『さよなら歌舞伎町』『そこのみにて光輝く』)では不器用だけど愛おしい、応援したくなる、そんなキャラクターが魅力になっていたと思います。

でもこの映画には本当にいない。笑えることはあったけれど、基本的に「勘弁してくれ!」って思うんです。そう「勘弁してほしい」という気持ちから苛々してしまったんですよね。

それでこの苛々したって話の目的なんですけど、苛々して思った勘弁してくれという気持ちが、彼らのようなどうしようもない人間のことを「見たくない、考えたくない」という気持ちから起こっていた、ということがこの映画が訴えることに繋がるんじゃないかと思うのです。

 

そう私はこの映画は今の日本で暮らしていて日常的に意識しているかしないかに関わらずおそらく多くの人が目をつぶってしまおうと思う人間たちや出来事を描いている作品なのだと思うのです。

『恋人たち』だなんてストレートに恋愛映画だと思うタイトルですがこの映画は恋愛映画ではありません。

タイトルにはなんだかんだ納得ではあるけれども、この映画は甘い恋愛描写はなく、どちらかというと社会派な人間ドラマであると思います。

それは『さよなら歌舞伎町』での描かれ方と似ているけれども、それよりもグッと映画の主軸に近づけたものであったという印象を持ちました。

オリンピックが人々の希望になっている反面、そうではなく現実的な救済を求める人は多くいます。

相対的貧困率の高い日本の姿が、まるで主人公の一人である男の仕事場のように、誰も見ることのない東京の橋の下と発展を止めない賑やかな地上という格差のある風景にあるように感じられ、この作品は「これが日本の姿である」と決して大げさにではなく日常目線で訴えかける映画であると思いました。

 

この目線の置き方に妙に現実的であるという説得力があるなと思ったんですが、なんと橋口監督が実際に経験して感じた「日本の嫌な感じ」が作品づくりのきっかけになっているみたいなんですよね。

金銭トラブルに見舞われてお金がないなか、一回相談するのに何万とお金がかかる弁護士に「人生ってこんなもんだよ」みたいなことを軽く言われた経験、東北大震災。

『ぐるりのこと。』の後に監督が実際に日本の嫌な感じの被害者になって肌で感じてきたからこそ、日常生活から日本の姿を描くことが出来ているのだと思いました。

劇中にあった「いじめってマスコミが作ってるんでしょ?」というような台詞も実際に口にした人がいたらしく、想像以上に日本の怖さ、気持ち悪さがそのまま映し出されています。この想像以上にと思ってしまった自分の無知さ、無関心さも見た後怖くなってきますね。

 

っで私のように日本の嫌だなと思う部分を見ることを避けている人は、この映画を見て「勘弁してくれ」と思うのでしょう。

そして見ないようにした人たちはどうしたらいいかわからなくて、でも生きるしかなくて、誰も自分の言葉なんて聞いてくれないんだけど、口に出して、行き場のない思いを吐き出す・・・

そんな理不尽さに苦しむ人を見て、痛い痛いと胸を痛めることは間違いありません。ハードと言えばハードな作品。けれども思わず笑いが止まらなくなるような日常描写を見て良くも悪くも「ああこれが現実なんだな」と感じる。

感じ方の度合は人それぞれだと思うけれど、私立の大学に4年間通わせてもらっている平々凡々な人間からすると、正直ちょっとショックであったりはします。

新宿西口のホームレスを見て見ぬふりをしている自分に対して、その卑怯な心、日本に広がる嫌な感じの正体を見させられたような気がして、じわじわと落ち込みました。

 

しかしながらこの映画の魅力は、絶妙なゆるさと笑いなんですよね。主人公以外の登場人物はなかなかにみなさんキレてるんだけど、かっこつけない醜さのある姿に日常性を強く感じられて、そのあまりに自然体な掛け合いが笑える。クスッてレベルではなくて実際声が出るくらい笑えるところが多かったです。

こういう笑いは日本人にしかできないよな、とプラスの面で日本らしさを感じることが出来るのもまたこの映画の良いところでしょう。

 

最後は希望と呼べるほどの希望ではないけれど、どこか心のつっかえが取れるような感覚を呼ぶ終わり方。

誰も思いを聞いてくれない理不尽な世の中に対してやりきれない気持ちが広がっている決して明るい映画ではないけれど、人間賛歌なこのラストには確かに心に光が宿ります。

 

 最後に

デモ、オリンピックに湧きたつ今の日本で生きる人がこの映画を見てそれぞれ何を思うのか。まやかしの愛に踊らされて見たいものだけを見るような人間にはなってないだろうか。

お堅い映画ではなく、あくまで日常を描いたゆるさのある映画であるからこそ、冷静に今の日本を見つめられるのではないかなと思います。おすすめです。

 

 あらすじ

通り魔事件で妻を失い、橋梁点検の仕事をしながら裁判のために奔走するアツシ。そりがあわない姑や自分に関心のない夫との平凡な生活の中で、突如現れた男 に心揺れ動く主婦・瞳子。親友への想いを胸に秘めた同性愛者で完璧主義のエリート弁護士・四ノ宮。3人はもがき苦しみながらも、人とのつながりを通し、かけがえのないものに気付いていく。